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東京高等裁判所 昭和54年(く)395号 決定

主文

原決定を取り消す。

被申立人松野俊孝に対し広島高等裁判所が昭和五二年七月二二日にした懲役一年二月の刑の執行猶予の言渡は、これを取り消す。

理由

本件即時抗告の趣意は、横浜地方検察官検事大川敦が提出した即時抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被申立人は、(一)昭和五二年七月二二日広島高等裁判所において、兇器準備集合罪等により懲役一年二月、三年間右刑の執行猶予の判決言渡を受け、右判決は同年八月六日確定したが、(二)更に、昭和四六年九月二八日東京地方裁判所において、兇器準備集合罪等により懲役一年に処せられ、その刑につき執行猶予の言渡がなく、右判決は昭和五四年八月四日確定したので、検察官は、刑法二六条二号の規定に基づき右(一)の執行猶予の言渡の取消を請求したところ、原裁判所は、同条項にいう「禁錮以上ノ刑ニ処セラレ」とは、執行猶予の言渡確定後に始めて別罪で実刑に処せられたことを必要とすると解し、本件の場合はこれに該当しないとして右請求を棄却した。しかしながら、同条項による取消は、執行猶予を言い渡した判決の確定前に犯した他の罪について右執行猶予の判決の確定後に禁錮以上の実刑に処する判決が確定することを要件とするのみであつて、原裁判所のように狭く解すべき理由はなく、従つて原決定は同条項の解釈適用を誤つたものというべきであるから、その取消を求める、というのである。

そこで関係記録を検討すると、被申立人は、(一)昭和四四年八月一六日及び一七日(原決定が昭和四九年と摘示する部分は誤記と認める)に犯した兇器準備集合等の罪により昭和五一年一一月一日広島地方裁判所において懲役一年二月の判決言渡を受けて控訴し、同五二年七月二二日広島高等裁判所において破棄自判され、懲役一年二月、三年間右刑の執行猶予(以下本件執行猶予という)の判決言渡を受け、右判決は同年八月六日確定したこと、(二)別に昭和四四年四月二八日に犯した兇器準備集合等の罪により昭和四六年九月二八日東京地方裁判所において懲役一年に処せられ、控訴したが、同五一年二月二七日控訴棄却の判決が言い渡され、更に上告したが同五四年七月二四日上告が棄却され、同年八月四日これが確定するに至つたことが明らかである。

ところで、原決定は、刑法二六条二号

による刑の執行猶予の言渡の取消請求を棄却したものであるが、その理由の要点は、執行猶予の言渡前既に他の罪につき実刑判決の言渡があつたときは、検察官としては、右執行猶予の判決に対し上訴権を行使してその確定を阻止すべきであり、これを放置して確定を許してしまつた場合にまで右執行猶予の言渡の取消を認めるのは不合理であり、このような場合は検察官はもはや執行猶予の取消請求権を失い、裁判所もその請求を許容して執行猶予の言渡を取り消すことはできないものというべきであり、そのような見地から刑法二六条二号の規定の適用は執行猶予の言渡確定後にはじめて別罪で実刑の言渡を受けそれが確定した場合に限ると解すべきところ、本件では前示のとおり、広島高等裁判所における執行猶予の言渡前に東京地方裁判所において別罪につき実刑判決の言渡があり、更にこれに対する控訴も棄却されているのに検察官は上告することなくこれを確定させたのであるから、もはや右法条による執行猶予の取消請求はできない、とするのである。

しかし、右執行猶予の言渡時点においては、他の罪について言渡された執行猶予の付されない禁錮以上の刑に処する旨のいわゆる実刑判決は未確定の状態にあつて、これが将来上訴の結果変更される可能性がないわけではなく、また上訴には適式の理由が必要であるから、検察官が右猶予を言渡した判決に対し、単にその確定を阻止するため上訴すべきであるとすることは、被告人から双方の事件につき執行猶予を得る可能性を奪う結果となる措置をみだりに検察官に求めることに帰するし、上訴制度の趣旨に照らしても是認できないのみならず、刑法二六条二号の「禁錮以上ノ刑ニ処セラレ」についての解釈として「執行猶予の言渡確定後にはじめて別罪で実刑の言渡を受けそれが確定した場合に限る」とすることも合理的な根拠を欠き、もともと同条一号、二号の同一文言についての解釈とも抵触するのであつて、到底首肯することはできない。

ところで、刑法二六条二号の規定の趣旨は、刑の執行猶予の言渡前に存した余罪について禁錮以上の実刑が確定したことを基礎として、その罪が猶予の言い渡された罪と同時に審判されたならば全体として実刑が言い渡されたであろうと考えられ、また直ちに刑を執行すべき事情の生じた以上執行を猶予して自発的な改善更生を期することが無意味になつたことを理由として、さきになされた刑の執行猶予の言渡を必要的に取り消し、現実に刑の執行をしようとするものであるから、右の規定は、刑の執行猶予を言い渡した判決の確定前に犯した他の罪について、右猶予の判決の確定後に禁錮以上の実刑に処する判決が確定した場合には一律に適用されるべきものであり、右の実刑の言渡が猶予の判決の確定する前後を問わないというべきであり、これと異なる見解に立つた原決定は、ひつきよう右条項の解釈適用を誤つたものとして取消を免れず論旨は理由がある。

よつて刑訴法四二六条二項により原決定を取り消し、更に上述したところによつて明らかなとおり、本件執行猶予は刑法二六条二号によつて必要的に取り消されるべきものであるから、当裁判所においてこれを取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(千葉和郎 永井登志彦 中野保昭)

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